政権の空白 先住民族権利国連宣言になぜ日本は賛成したか
昨日(令和2年8月28日)、安倍首相が突然、辞意を表明されました。持病の潰瘍性大腸炎の悪化が理由です。内閣総理大臣としての激務が病気を悪化させたことが想像されます。治療に専念していただき、健康を取り戻されることを祈念いたします。
さて、安倍首相が潰瘍性大腸炎の悪化により首相を退任されたのはこれが2回目。初めは第1次安倍政権の時です。和田郁次郎の話をしていたところですが、第1次安倍政権での突然の辞任劇がウポポイなど今のアイヌ政策に大きく関わっていることをお知らせします。
■アイヌ新法の原点、先住民族権利国連宣言
近年のアイヌ政策の出発点となっているのが、2007年に採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」であることは、よく知られているところです。
アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアのかつて凄惨な先住民虐待を行ってきた4カ国が反対に回りましたが、日本を含む143カ国が賛成し、国際連合総会決議として採択されました。
日本がこの決議に賛成したことから、国連から再三宣言の履行を求められ、平成20年6月の国会での「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」、平成31年4月のアイヌ新法、さらには今年のウポポイ開業と続いていくわけです。
もともと日本政府は国連の権利宣言に謳われたような先住民族の権利に対しては否定的でした。宣言採択のわずか半年前、平成19年2月13日には鈴木宗男衆議院議員の「アイヌ民族の先住民族として権利に関する再質問」に、安倍首相の名前で
・(先住民族)について国際的に確立した定義がなく、お尋ねの「先住民族が享受すべき権利」が具体的にどのようなものであるかについて、結論を下すことができない
・アイヌの人々が「先住民族」であるか、また、「先住民族」の権利が具体的にどのようなものであるかついては、結論を下すことができる状況にはない。[1]
と政府は答えています。
しかし、先住民族権利宣言が国連本会議に上程されると一転して日本政府は賛成票を投じるのです。
■安倍首相、突然の辞意表明
ヒントは日付にあります。
● 安倍首相が辞意を表明したのが 平成19年9月12日
● 国連で先住民族権利宣言が採択されたのが 平成19年9月13日
9月13日の国会の動きを北海道新聞9月13日朝刊から紹介します。
- 11時00分 大島理森自民党国対委員長が山岡賢次民主党国対委員長と会談。首相と小沢一郎民主党代表の党首会談開催を要請、結論持ち越し
- 12・11 首相、官邸で大島氏から報告受け「(首相を)辞めることを決意した」と退陣の意思を伝達
- 12・30 大島氏、国会内の衆院議長室へ
- 12・50 国会で衆院本会議10分前の予鈴鳴らず
- 13時前 公明党代議士会に出席していた太田昭宏代表の携帯電話に首相から退陣意向の連絡
- 13時ごろ 自民党代議士会で大島氏が首相の退陣表明を報告
- 13・13 中国国営通信社の新華社が共同通信の報道を引用し至急電
- 13・30 内閣府が12日開催予定の経済財政諮問会議の中止を発表
- 13・45 衆院議院運営委員会理事会で12、13日の本会議流会を決定
- 13・50 志位和夫共産党委員長、記者団に「無責任の極みだ」
- 13・59 首相が緊急記者会見で正式に退陣表明
- 14・00 自民党の緊急5役会で総裁選の開催方針を確認
- 14・30 福島瑞穂社民党党首が記者団に「『ぼくちゃんの投げ出し内閣』だ」と批判
- 15・00 小沢代表が会見し「今日の昼前まで自民党から一度も会談の呼び掛けはない」と発言
- 15・00 東京株式市場の日経平均株価が前日比80円07銭安の1万5797円60銭で引けた。市場では「政局不透明感から売られた」との見方
- 15時ごろ 首相が増田寛也総務相に電話で「こういうことになり申し訳ない」と謝罪
- 15時すぎ 自民党役員連絡会で麻生太郎幹事長が首相の退陣表明に至った経緯を報告。総裁選実施を提案し了承
- 15・50 中国外務省が「両国関係の発展は今後も続くと信じる」との談話を発表
- 16・05 伊吹文明文部科学相が会見で首相の辞意表明について「このタイミングでよかったかどうかは議論があると思う」
- 17・23 首相が官邸から公邸へ向かう途中、記者団から「悔いはございませんか」と問われ、うなずく [2]
第1次政権時に安倍首相は持病の潰瘍性大腸炎を秘していましたから、その辞任表明は大変な混乱を招きました。
■首相は入院 国連代表部の独断!?
一方 先住民族権利宣言を審議する第61回国連総会はニューヨークの国連本部で午前10時に開催されました。日本時間では9月13日23時です。
現地時間13日午前10時の国連総会開幕に向けて、政府として最終判断を行うのは日本時間の13日昼頃までがリミットでしょう。
13日は首相動静によると
首相 午前10時40分東京・信濃町の慶応大病院。検査、入院。午後同病院で入院治療 [3]
となっています。つまり、国連総会時に安倍首相は入院中だったのです。
この権利宣言の採択を巡っては、成立を阻みたいアメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアが共闘して強力に直前まで反対運動を展開していました。最終的な態度表明が求められた前日に突如起こった空前の政治的混乱。先住民族権利宣言への賛成は国政トップの判断を仰がないまま決裁された可能性があります。
当時、日本は国連の人権理事会の理事国に選ばれたばかりで、常任理事国入りを目指す立場から人権理事会の大勢に逆らう態度は取れなかったものと思われます。それ以上に国連代表の先住民族問題、アイヌ問題に対する認識の低さがありました。
先住民族代表としてこの会議に参加していた北海道ウタリ協会の副理事長の阿部一司氏は『国連の「先住民族権利宣言」とアイヌ民族』のなかで、国連代表部の認識について
和田書記官が、日本政府が批准していないこの条約のこととコーボ報告書を引き合いに出して、先住民族の国際定義としてはどうかと発言したことに私は驚きましたが、同時にそんなものなのかとも思っていました [4]
と振り返っています。国連代表部の和田書記官が、先住民族の規定が設けられているとして日本が反対している「ILO169号条約」を引用して発言したことに阿部氏はあきれているのです。
そうしたなかで、最終決済を仰ぐべき首相は突然の辞任、入院、外務省も大混乱であったでしょう。当時の外務省のトップは町村信孝氏です。町村派の首領であり、首相候補の一番手に挙げられていましたから、国連宣言どころではなかったことは想像に難くありません。
国権中枢が機能を失っている中、アイヌ問題、先住民族問題への知識、熟慮もない外務官僚が、理事国になったばかりの人権理事会で非難されたくない、いい格好をしたい、とばかりに賛成に回ってしまったと、そんな絵が透けて見えます。先の大戦では日米開戦時の駐米大使館の怠慢が激しく批判されていますが、それと近しい怠慢が国連代表部あったのではと思われてなりません。
宣言採択の翌日、町村外務大臣からはこんな困惑の声が聞かれました。
町村信孝外相は、十四日午前の記者会見で、国連総会が先住民族の権利に関する国連宣言を賛成多数で採択したことについて、「日本は、集団的権利や(民族の)自決権、財産権について、日本の解釈を説明した上で賛成した」とした上で、政府としてアイヌ民族を先住民族として認めるかどうかについて、《1》先住民族の定義について国際的に議論が収斂していない《2》関係省庁が多数にのぼり、それぞれ意見が出されている-ことを挙げ、「アイヌ民族が先住民族であると結論を下せる状況にない」と述べるにとどめた。[5]
この問題については機会を改めて検証したいと思いますが、安倍首相の辞任を聞いて13年前を思い出しました。もし安倍首相が潰瘍性大腸炎を患っていなければ、はたしてウポポイはあったのだろうかと──。
【引用参照出典】
[1]http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166040.htm
[2]北海道新聞 2007/9/13朝刊
[3]北海道新聞 2007/9/14朝刊
[4]https://www.ff-ainu.or.jp/about/files/sem2001.pdf
[5]北海道新聞 2007/09/14 夕刊